少し前からやってみたいことがあった。戸籍謄本から自分の祖先をたどることだ。自分の直系であれば記録が残っている限り祖先の戸籍謄本(除籍謄本)の請求ができるらしい。
以前やったDNAの検査では98.3%日本人という結果だったので、記録は確実に日本にあるはずだった。
なぜこれをしてみたかったのかというと、高齢の祖父母から祖先のことを聞いてみたかったからだ。これは戸籍謄本がなくてもできることだが、祖父母からはいつも同じ人の名前しか聞かないので、その他にいるであろう祖先のことを家系図と共に聞いてみたかった。
早速私の本籍地のある区役所で請求してみる。実は自分の戸籍謄本を取得するのは少し勇気がいった。というのも、ネットで調べていると、戸籍謄本を取り寄せたら実は自分は養子だったとか、実の親が違った、なんてことが分かったと書いている人がいたからだった。そうか、戸籍謄本は自分が認識していることと違うことがあるのだとなんだかほんの少し不安になって、親にも戸籍謄本を調べるとは言わずに請求したが、そんな不安はなんのその、自分の認識通りの戸籍謄本でほっとした。
私自身の戸籍謄本はタイプされていて、現在使われている文字で書かれていたので問題なく解読できたが、昔のものは手書きで現在では使わないような漢字が多用されていた。少々迷惑をかけてしまったが、読めない部分は区役所の戸籍係の人に解読してもらい教えてもらった。
さかのぼっていく中でわかったことの一つは、1944年3月10日の東京大空襲で文京区本郷地区の戸籍が焼失してしまっていたということだ。同じ文京区の小石川地区は無事だったが、本郷地区は全滅らしい。昔は紙で一枚一枚管理していたのかと思うと、その紙が電算化されるまで(電算化は1994年から開始されたようだ)残っていたものはとても凄いことのように思えてくる。
2019年5月23日の参議院の法務委員会の会議録によると、東日本大震災の後に、戸籍の滅失を防ぐために対策をとったことが話題に上がっている。戸籍の保管は現在でもなお問題の一つのようだ。
法務省において運用しております戸籍副本データ管理システムは、東日本大震災において市町村が管理する戸籍の正本と管轄法務局が保管する戸籍の副本とが同時に滅失する危険が生じた経験を踏まえて、このような危険を防止するために導入されたものでございます。
現在、戸籍の副本データを保存しておりますサーバーは全国二か所に設置されておりまして、東日本の法務局、それから地方法務局が保存すべき戸籍の副本データは西日本に、西日本の法務局、地方法務局が保存すべき戸籍の副本のデータは東日本に設置したサーバーにおいてバックアップをしております。
最終的に東京で集められるものはすべて集めたが(都内3つの区で請求した)、これから先は千葉、埼玉、福島、新潟の役所に問い合わせないと得られないので、一旦今回の一時帰国での戸籍確認は中断することにした。実は直接行かなくても郵送で対応してもらうことはできるらしいが少し面倒なので、この際、次回の一時帰国の際に直接現地へ行ってみるのも面白いのではないかと思っている。百年以上前の祖先が住んでいた地域を現代の私が訪れるなんてロマンがある、と思うのだ。(祖母には何もない山奥に行ったって面白いことなんて何もないわよ、とあきれられてしまったけれど。)
今回は私の祖父母の祖父母までの戸籍が出たので、残っていればこの次は明治の初めくらいのものが出てくるのではないかと思っている(今回確認できた一番古い人の誕生年は明治26年だった)。でも戸籍制度が本格的に始まったのが明治5年のようなので、もう一代戸籍が出るか出ないかくらいでこのリサーチは終わりになりそうだ。
密かに安藤家は藤原家の末裔ではないかとほんの少し期待していた(藤原は安藤を名乗っていたとも言われるし、家紋は藤原家と同じ下がり藤だし)のだが、今回調べたり祖父母から話を聞く中で、その可能性はまだ否定できないものの、今のところ判明している一番古い安藤家の祖先は商人?(祖父の祖父は山師だったらしい)のようで、ここ100年少しの間は安藤家は今も昔も完全に庶民であるらしいことが確認できてしまった。そうであろうとは思っていたが、少し残念である。
でも、祖母の母親には乳母がいたという話を聞いたので、もしかしたら他の系列の祖先から何か出てくる可能性がある。それはこれから楽しみである。
ところでこの戸籍という制度は、世界の中でも珍しいものらしい。もちろんカナダにはない。戸籍は家族ごとに書かれていて、家族の中の属性などが明記されているところからもわかるように、人を家族ごとに管理するツールだったのだということが分かる。
今回実際に調べてみて感じたのは、直系と言えど祖先の複数の個人情報がわかってしまうということだ。両親の名前、出生地住所、生年月日、出生を役所に届け出た人の属性とその日付、誰と結婚したのか、結婚した年月日、新しい本籍地をどこに設定したのか、亡くなった場所の住所、亡くなった年月日と時間、死亡を役所に届け出た人の名前と関係性とその日付を、100年後に生きている私が確認できてしまうのだ。出生地がわかることは差別地域での生まれであることがばれてしまうという問題があるようだし、詳細な記録を長期間保有することは必ずしも良い面だけではなさそうだ。
ちなみに元大阪府知事の橋下徹さんは2018年のこの記事内で戸籍の撤廃を主張していたりもする。生まれた時から当然のようにある法律やルールや制度は、特に大きな問題にならない限り、改めて考えることは滅多にない。でも実は問題を内包していることもあり、その一つがもしかしたら戸籍制度なのかもしれないと思う。
ただ楽しみで集めた私に関する戸籍謄本ではあったが、日本の制度について考える良いきっかけになった。
それはそうと、次回の一時帰国が楽しみである。父を巻き込んで祖先が育った地までちょっとドライブしてみようと企んでいる。(と、このブログを読んでいるであろう父にここでアピールしておこう。)
※e-GOVというサイトでは法令や法令審議について検索することができる。法令自体も読んでいて面白いのだが、審議の受け答えもまた興味深い。思わず時間を忘れて読んでしまう。
“戸籍から100年以上前の祖先を辿る旅” への1件のフィードバック