オペラ「蝶々夫人」の違和感

前回のブログで書いた映画館で鑑賞したオペラは「蝶々夫人」だった。物語の舞台は長崎だと言われているだけあって、登場人物の一部は日本人の名前(蝶々さんの女中はスズキさんという)で、日本風な演出もあり、前回劇場で鑑賞したセビリアの理髪師とは全く異なる雰囲気のオペラだった。

一番興味深かったのは、2歳半くらいの設定である男の子が人形だったことだ。他のオペラカンパニーでは子供が演じるらしい。メトロポリタンオペラでは日本の文楽(人形浄瑠璃)を参考にしたらしく、文楽がそうであるように3人の人形遣いが一体の人形を操っていた。文楽と違うところといえば、人形の頭に直接取っ手が付いていること、人形の手を直接持って動かすところ、人形の位置である。文楽では人形の足は地面には付けないけれど、ここでは足が地面についていた。文楽はすべての登場人物が人形なので宙に浮いていても問題ないのだが、オペラは他が本物の人間なのでこうなるのだろうと思う。脚を動かす人形遣いはかなり大変そうだった。常に身体を丸めたような姿勢で脚を操るからだ。人形はとてもシンプルな見た目なので最初は人形に違和感を覚えたものの、本物のように動くので、鑑賞していくうちに徐々に違和感は消えていった。

一方で少し違和感を覚えたのは衣装である。着物のようなものを着ているのだが、日本のそれとは少し違う。色や形がなんとなく中国っぽい。あと、これはもうどうしようもないことだが、非アジア人の目鼻立ちがはっきりしている方が着物のような衣装を身にまとい、日本髪のようなかつらを付けていると違和感を覚えざえる負えない。でもこれは映画館で鑑賞しているからこその違和感かもしれない。劇場の遠くの方の席から鑑賞した場合、顔をアップで見るチャンスは皆無だし、もしかしたらこの鮮やかな着物が舞台に生えていたかもしれないのだ。

それにしてもプッチーニの音楽は素晴らしい。私は全くのオペラ素人だが、音楽が気分を高揚させ、感情を揺さぶっていた。主役の蝶々夫人には全くもって感情移入できなかったが、それでもクライマックスではなぜだか泣きそうになったほどである

そうなのだ、この蝶々夫人の一番の問題は、蝶々夫人に共感や感情移入が全くできないところである。蝶々夫人の物語は、没落武士の娘で芸者をしていた15歳の蝶々さんが、日本に一時的に居住していたアメリカ海軍兵のピンカートンという男と結婚するが(蝶々さんは本気だが、ピンカートンは軽い気持ち)、ある日ピンカートンはまた戻って来ると言い、蝶々さんを残してアメリカに帰国してしまう。その時には蝶々夫人は身籠っており、ピンカートンには知らせぬまま男児を出産。3年後、ピンカートンはアメリカ帰国後に結婚したアメリカ人の妻ケイトと一緒に来日、蝶々さんは絶望する。蝶々さんは子どもを2人に預けることにし、自分は短刀で自ら命を絶つ、という話である。

このオペラの初演は1904年(明治37年)のミラノのスカラ座。この年は日露戦争が始まった年である。日本での女性の身分は今とは違ったはずなので、話の展開はわからなくもない。でもこのオペラを見ている間中、日本人女性は一人では生きていけないこと、日本はアメリカ(欧米)より劣っていること、を常に主張されているような気分になってしまい、物語に感情移入するどころか、蝶々さんの非独立心にいらだちを覚えてしまった。そしてこのオペラの登場人物のほとんどを白人が演じていて(蝶々さんを演じたのは中国人のHe Huiだが)、私以外の観客のほぼ全員が白人という環境だったのでなんとなく居心地が悪く、この私以外の鑑賞している人たちはこの物語を観て何を思っているのだろうか、とついつい考えてしまったほどだ。(純粋にオペラを楽しんでいる可能性の方が高そうだが。)

鑑賞後にネットで評判を検索すると、差別的な話であるという意見もあるようで、私が持った感想はそれほど珍しいものではないのだと確認できた。

物語は作られた時代の世俗が反映されるのは当然で、それは悪いことではない。でもここまで現代とかけ離れてしまうのも考えものだなと、一概にこの物語を批判することはできないけれど、だからと言って鑑賞した後に残るもやもやは未だに私の中で消えないのであった。

オペラは物語を通じて時代背景や、当時の考えなどを学ぶ機会にもなり得るのだ、と蝶々夫人を通して知った。オペラは奥が深く、知識があればあるほど楽しめるのだろうな、と思う。まだまだ知識不足でそれどころではないけれど。

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