人間の動物的適応能力

久しぶりに日本の夏を経験して思ったことがある。私の身体はカナダの環境に少なからず適応し始めていて、日本の夏に適応できなくなり始めている、と。

人生のほとんどの時間を東京で過ごしてきた私だけれど、最近の何年間は東京で生活をしていない。

今まで私は汗をほとんどかかないタイプで、日本の夏でも大してつらいと感じたことがなかった。むしろ、日焼けを気にしてUVカットの長袖を常に着ているようなタイプだった。ところがである、今回の一時帰国では常に汗だくだったのだ。

一時帰国は9月だったので、電車に乗れば日によって涼しい顔をして長袖を着ている人もいたけれど、私はノースリーブであった。私は暑いので仕方がない、と気にすることなくノースリーブを着ていたが、周りから見るとかなり浮いていたようで、一度待ち合わせ場所に現れた友人に「ノースリーブなの!?」と失笑されてしまった。その日はそれからカーディガンを羽織ることにしたが、それはもう暑くて暑くて大変だった。

そこで私が思うのは、人間は動物の一種なのだ、ということだ。生きていくために身体を環境に適応させていくことができる。ちなみに動物学上は霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科に分類されるらしい。

トロントで冬に日本人と会う時、その人の厚着具合を見ると、最近カナダに来た人なのかずっと住んでいる人なのかが何となくわかる。カナダ歴が長い人ほど薄着なのだ。

と考えると、私の身体も今後ますますカナダの冬に年々適応していくはずだ。毎年寒くて寒くて辛い冬だけれど、ほんの少し希望が持ててくる。早く私の身体がカナダに適応してくれるのを願っている。でもすでにもう毎日寒くて辛いのだが。

暑いのは無理だが、夏の美しい景色は好き。

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です