カナダ密入国の日本人

カナダに船で密入国した日本人がいた、という事実を知っている人がどれほどいるだろうか。少し失礼かもしれないが、それまで私が思い浮かべる密入国者のイメージはメキシコ人だった。トランプ大統領がメキシコ人の密入国者を抑えるために国境に壁を作ると言った話が記憶に新しい。私にとって「密入国者」というのは私の生活とは直接あまり関係のない、少し離れた世界の出来事なのだと思っていたのだった。だからこそ、カナダに密入国した日本人がいた、という事実に驚き困惑した。

これを知るきっかけになったのは、カナダ在住歴が長い日本人におすすめされた本だった。

密航船水安丸(新田次郎著)

衝撃的なタイトルである。歴史小説にあまり興味のない私だったが、読むことにした。出版は昭和57年(1982年)だし、昔の人の名前は長いし覚えにくいし、最初はなんとなく読んでいたが、途中からは睡眠時間を削って読み進めた。

主人公は及川甚三郎という現在の宮城県登米市出身の事業家で、1冊を通じて彼の生涯が書かれている。物語のメインは明治39年(1906年)の水安丸での密航だ。すでにカナダのバンクーバーで事業を起こしていた及川甚三郎はもっとバンクーバーには日本人の仲間が必要だと考え、日本でカナダ移住者を募って船を借りバンクーバーへ密航したのだった。その人数なんと82人。50日間にも及ぶ航海だった。

密航前も、密航中も、密航後(結局ばれて捕えられるのだが)も壮絶な物語だった。アジア人とりわけ日本人に対する差別や迫害、日本人がカナダ社会での権利をいかに保証されていなかったかを知った。今のカナダ社会を知っているからこそ驚いた。

現在のカナダでは人種や性別、年齢による差別が法律で禁止されている。仕事に応募する時には履歴書に写真は張らないし、性別や年齢も書かない。実際には名前を見れば性別や人種のおおよその見当が付くし、学歴を見れば年齢もある程度予想できるのだが、それを考慮して選考をすることは公には許されていない(でも現実社会では人種差別や年齢差別はあると聞く。)でもカナダ政府があえて皆が平等だと法律に明記するのはこのような過去が影響しているはずで、その権利を獲得するために移民たちががんばってきた過去があるからなのだろうと思う。

あまりこの本の内容を書いてしまうと未来の読者に申し訳ないのでこれまでにするが、私はこの本を読んで、バンクーバーと宮城県登米市に行ってみたくなった。バンクーバーには及川甚三郎の子孫の「及川さん」がたくさんいると聞くし、宮城県登米市には、及川甚三郎の碑が建っていたりするらしい。

彼らが密航した明治39年(1906年)、まだ飛行機が一般的ではない時代(ライト兄弟の有人動力飛行の成功が1903年)に、どんな気持ちで人々は日本から地球の裏側のカナダに渡ってきたのだろうか。日系人にますます興味が出てきた今日このごろである。

さて、この本を紹介してくださった方にお会いしたのは、週に1度開催されている「日系人の持ち寄りランチ会」であった。年齢でいうと60代くらいから80代の年齢の人たちの会であったが、私はご縁があり参加させてもらったのだった。そこに参加されている方々は、カナダで長年働いた後に定年退職した方が多く、たくさんの苦労を今までされてきたことが想像できた。苦労を乗り越えて、今こうして日本出身の人たちがカナダのトロントで集まってみんなでランチを食べている。なんだか不思議な空間だった。でもみなさん穏やかで良い人で、私もご一緒させていただいたことに感謝している。

私が参加させていただいた日は13人の参加。私は炊き込みごはんのおにぎりを持参。

 

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